The memory of hs fist

The Memory of His Fist

「拳の記憶」撮影の経緯

きっかけは知り合いの渡辺ノリ監督の上映会に行ったことだった。上映後、その観客の中に、少し背の高い、ちょっと個性的な顔立ちの、人懐っこそうな男性がいた。一人で来ていたらしく、ぽつんとしていたので、ぼくは珍しく「役者さんですか?」と話しかけた。「わかりますか!」と嬉しそうに言った彼は、あべかつのりさんという。アメリカでダンサーをしていて日本に戻ってきて間もなく、役者を始めたばかりということで、ぼくも当時、30代以上の男性の役者さんを複数探していたため、打ち上げの席で電話番号などを交換したところ、後日電話がかかってきた。「くうしゅうごうという団体が演技の練習を渋谷でやっているので遊びに来てください。30代の男がたくさんいます」というので行って見たところ、現場は主にTVなどで活動している役者さんのちょっとしたワークショップのようなものだった。演出してみてくれというのだが、彼らが何を望んでいるのかこの時点では皆目わからなかったため、とりあえず彼らが練習していた台本で、演技をしてもらい、それを撮影して、簡単な講評みたいなモノを行った(だってやってくれっていうんだもん)。そのまま打ち上げに参加したところ、リーダーの齊藤あきらさんが、「じゃあ今度、作品作りましょうよ」といったので、「そうですね、いつか」と答えた(この時点では、お互いが何者なのかもほとんどわかっていなかったし、向こうはプロで活動していて、ぼくのほうはそうでないわけだから、少なからず軽く見られていると思っていたので、社交辞令だと思った)。すると「じゃあとりあえず6月29日にまた来てください」というので、「そうですね」と答え、ぼくは帰った。それがまさか6月29日に撮影してしかも一日で作品を撮りあげるという意味だったとはさすがにわからなかったですよ、齊藤さん。

とにかく、6月29日が近づいてきて、ぼくも何か練習用のシナリオを1ページくらい書いておこうかと思っていたら電話。齊藤さんからだった。「河野さん、29日に撮影する話覚えてます?」「え?」「飲み会の席で言ったじゃないですか」「え、ああ、あ、あれって、もう作品撮るっていう意味だったんですか?練習じゃなく?」「ええ、もう作っちゃいましょうよ」(というかこの時点であと数日しかないわけだが)「う-んそうですね」「1日で出来るやつ」「え」「29日に撮り終わるやつ」「う・・・」しかしどういう理由か自分でもわからないがその時こう答えた「そうですね。じゃあ今日にでもササッとシナリオ書きますよ」・・・うーん。いい答えだ。「人数は何人です?」すると齊藤さんは言った「それがですねー、始めは6人で、夕方から1人増えるんですよ」・・・この人はある意味すごいなあ。きっと場数を踏んでいるんだろう・・・「そうですか、じゃあ6人出て、途中から1人増えるシナリオ書きますよ」「そうですか、悪いなあー、急でごめんなさいね」・・・あ、そういう意識はあるんですか・・・

とりあえず、こっちも急な話だったのですぐ、深く考えずに思いついたものを2時間程度で書いた。1日で撮影終了を考慮して、かなり思い切った省略をして、わかるかわからないかギリギリの線で書き終えた。その時たまたま部屋にいたB先輩に読ませると、「いいじゃん」と言う。かなりの遊びも入っているのだが・・・?これはある意味向こうへのテストでもあった(偉そうだが)。当時忙しかったこともあり、ぼくはこのギリギリのシナリオに興味がもてない役者なら、自分も組んでも仕方がないと思ったのだ。FAX。すぐに齊藤さんから電話がある。予想外の答えで少し驚いた。「いいじゃないですか。これはいいですよ。やりましょうよ」彼はそう言った。口調から、本当にそう思って言っていることがわかる。ぼくは驚いたと同時に、急に撮影が楽しみになった。

撮影は彼らがプロであるということを端々に感じるものだった。飲み込みが早いし、アイディアがある。アクションシーンだけ、初めどうしても殺陣のようになってしまい、理解してもらうのに若干苦労したが、さすがリーダーの齊藤さんはぼくのやりたいことをわかってくれていたのか、そして彼の演技を参考にしてもらうと、彼らは一度ですべて理解してしまった。ほとんど一発OK。ぼくがとても嬉しかったのは、対決シーンをすべて別々に撮るつもりだったのが、あるカットで、とてもうまく次につながっていきそうな演技になった。ぼくは心の中で、(このまま1カットで行こうよ!)と思っていたのだが、もちろん彼らはこっちを見ているわけでもないのに、瞬時に全員がそれを察して、シーン終わりまで一気にやってくれたのだった。しかも次のカットの練習はしていなかったというのに。

しかしとにかく1日の撮影なので時間が無い。次は酒を飲むシーンだ。怪我でぼこぼこのメイクで、夜の池袋を、撮影できる居酒屋を探して走り回る彼らの姿にぼくは少し驚いた。ぼくがふだん「プロ」や「役者」と積極的に組まない理由の一つに、現場で自分の事以外一切協力しないタイプがいるのを知っているからだ(それはそれでいいと思うが、ぼくは好きになれない)。メイクがメイクだけにお店ではかなり断られたらしい。それも楽しそうに話す彼らを見て、おそらく、この集団はみんな、作品作りが好きなのだな、とぼくは思った。

結局終電までかかって、一通りの撮影は終わったものの、時間が無い中で撮影したためロケーションなどどうしても納得がいかないところがあり、2シーンほど後日再撮影をした。印象的だったのが、彼ら自身もまた納得が行かず、再撮影を希望していたことだった。

映像演技藩 空集合 「拳の記憶」出演者
西川和宏 齊藤あきら 芹口康孝 市村直樹 三橋潔 あべかつのり 河田義市

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